ギャンブル依存症(ギャンブルいそんしょう、ギャンブルいぞんしょう)とは精神疾患のひとつで、ギャンブルに対する依存症である。ギャンブルを渇望する、ギャンブルをしたいという衝動を制御することができない、ギャンブルをするせいで借金など社会生活上の問題が生じているにもかかわらずやめられない、といった症状を呈する。病的賭博、病的ギャンブリング(ギャンブラー)、強迫的ギャンブル(賭博)、強迫的ギャンブラー、パソロジカル・ギャンブリングともいう[1]。ギャンブルへの依存は長らく意思薄弱・性格未熟など本人の資質の問題とされてきた[2][3]が、1970年代以降、精神疾患として認識する動きが広がっている[4][5]。
治療には数年を要し[6]、治癒したといえるためにはギャンブルを完全に絶つ必要がある[7]。長期間ギャンブルを絶つことに成功した後でも再びギャンブルに手を出すとたちまち症状が再発するという特徴もあり、「ギャンブル依存症は治らない」といわれることもある[7]。治療法としては、心理療法が最も有力である[8]。依存者自身のみならず周囲にいる人間への影響も大きく、周囲の人間が傷つく度合いにおいて、ギャンブル依存症を超える病気はないともいわれる[9]。とりわけ家族については、患者本人とは別にケアを行うことが必要とされる[10]。
ギャンブルは多様で、時代を問わず存在する。そのためギャンブルに依存する現象やギャンブル依存者の疑いがある人物も古くから存在した。たとえばローマ帝国の第5代皇帝ネロはサイコロを使ったギャンブルに大金を賭け続けたとされる[11][12]。古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』にはサイコロを使ったギャンブルで財産や領土を失い、ついには自分自身と妻を賭ける王子が登場する[11][12]。
長きにわたって、ギャンブルへの依存は意思薄弱者・性格未熟者による身勝手な行動、社会規範に反する逸脱行為に過ぎないとみなされてきた[2][3]。ギャンブル依存者の回復支援施設「ワンデーポート」代表の中村努によるとその原因は、社会には依存症者の依存症になる前の姿や症状が進行する過程は見えず、「なれの果ての姿だけが目に付くために……本人の資質としてしか受け入れられない」ことにある[13]。しかし1972年にアメリカ合衆国オハイオ州で世界初の入院治療が試みられ、1977年に世界保健機関(WHO)によって依存症の一つに分類[† 1]され、1980年にアメリカ精神医学会が『精神障害の診断と統計の手引き第3版』(DSM-III)において精神疾患(衝動制御障害[† 2])に分類するなど、1970年代以降ギャンブルへの依存を精神疾患として認識する動きが広がっている[4][5]。
[編集] 依存症としての症状
一般に、依存症においては以下の6つの特徴が見られる[15]。
- ある物質や行動への渇望。
- 渇望する物質の摂取や行動の制御困難。
- 離脱症状(摂取や行動が途切れた際に起こる様々な症状。発汗、手の震え、不眠、幻視など)。
- 耐性(物質の摂取量が増加する、行動が頻繁になる)。
- 渇望する物質の摂取や行動以外に対する関心の低下。
- 渇望する物質や行動に起因する障害があるにもかかわらず、摂取や行動を継続する。
ギャンブル依存症の場合もすべての特徴が見られる[15]。ギャンブル依存症とは次のような症状を呈す依存症、精神疾患である。
- ギャンブルを渇望する。
- ギャンブルを制御することが困難である。
- ギャンブルをしないと離脱症状に見舞われる。
- ギャンブルをする頻度が増える、賭け金が増加する、リスクの高い賭け方をするといった耐性が生じる。
- ギャンブル以外の事柄への関心が低下する。
- ギャンブルをするせいで借金などの問題が生じているにもかかわらずやめられずに続けてしまう。
離脱症状は薬物依存症におけるものがよく知られており、アルコール、覚醒剤などの物質が体内に入った後で摂取されなくなり血中濃度が低下することで引き起こされる。ギャンブル依存症は薬物依存症と異なり物質を体内に取り込むことがないため、離脱症状が起こらないという誤解が生じがちであるが、実際にはギャンブル依存者がギャンブルを絶つと集中力の低下や感情の乱れ、発汗、手の震え、不眠、幻視などの離脱症状に見舞われる[16]。
ギャンブル依存者はギャンブルが楽しくてやめられないと考えられがちであるが、心理カウンセラーの丹野ゆきによると、実際には「やめなければ」という思いや借金に対するプレッシャーなど苦しさを感じつつギャンブルをしている場合がほとんどだという。丹野は、不快な感情やストレスから逃れようとしてギャンブルをした結果苦しさを味わい、さらにストレスを感じてギャンブルに走る「負のスパイラル」が存在すると指摘している[17]。
[編集] 否認
否認とは、ギャンブル依存者が自らのギャンブルに問題があることや自分自身がギャンブル依存症であることを認めようとせず、問題を過小評価することをいう。ギャンブル依存者は自分自身の行動を冷静に見つめることができず、ギャンブル依存症の症状を知っていても「自分は違う」と感じる傾向がある。否認はギャンブル依存者が病識を持ち、治療に向けて行動を開始することを妨げる大きな原因となりうるもので、依存症の治療は否認との戦いであるといわれる。否認は治療を行う中で徐々に解消されるのが一般的である[18][19]。
[編集] 再発
ギャンブル依存症には、長期間ギャンブルを絶つことに成功した後でも再びギャンブルに手を出す(スリップ[20])とたちまち症状が再発するという特徴がある。アルコール依存症にも同様の特徴がある[21]。
[編集] 診断の基準
ギャンブル依存症かどうか診断するための基準には以下のようなものがある。
[編集] DSM-IV-TRの基準
『精神障害の診断と統計の手引き 第4版修正用』(DSM-IV-TR)は、以下の10項目を基準として挙げており、5項目以上に該当する場合、ギャンブル依存症と診断される[22]。
- いつも頭のなかでギャンブルのことばかり考えている。
- 興奮を求めてギャンブルに使う金額が次第に増えている。
- ギャンブルをやめようとしてもやめられない。
- ギャンブルをやめているとイライラして落ちつかない。
- いやな感情や問題から逃げようとしてギャンブルをする。
- ギャンブルで負けたあと、負けを取り返そうとしてギャンブルをする。
- ギャンブルの問題を隠そうとして、家族や治療者やその他の人々に嘘をつく。
- ギャンブルの元手を得るために、文書偽造、詐欺、盗み、横領、着服などの不正行為にをする。
- ギャンブルのために、人間関係や仕事、学業などがそこなわれている。
- ギャンブルでつくった借金を他人に肩代わりしてもらっている。
— 帚木2010、92-93頁より。
[編集] DSM-IIIを修正した基準
『精神障害の診断と統計の手引き 第3版』(DSM-III)にある基準を日本向けに改変した基準。10項目中5項目以上に該当するとギャンブル依存症の可能性が極めて高いと判断される[23]。
- ギャンブルのことを考えて仕事が手につかなくなることがある。
- 自由なお金があると、まず第一にギャンブルのことが頭に浮かぶ。
- ギャンブルに行けないことでイライラしたり、怒りっぽくなることがある。
- 一文無しになるまでギャンブルをし続けることがある。
- ギャンブルを減らそう、やめようと努力してみたが、結局ダメだった。
- 家族に嘘を言って、ギャンブルをやることがしばしばある。
- ギャンブル場に、知り合いや友人はいない方がいい。
- 20万円以上の借金を5回以上したことがある、あるいは総額50万円以上の借金をしたことがあるのにギャンブルを続けている。
- 支払予定の金を流用したり、財産を勝手に換金してギャンブルに当て込んだことがある。
- 家族に泣かれたり、固く約束させられたりしたことが2度以上ある。
— 田辺2002、48-49頁より。
[編集] GAの基準(20の質問)
ギャンブル依存者の自助グループであるギャンブラーズ・アノニマス(GA)は「20の質問」と呼ばれる20項目を挙げており、7項目以上に該当するとギャンブル依存症と診断される。この基準の特徴は、現在ギャンブルを行っていないことが必ずしも治癒していることを意味しないというギャンブル依存症の特徴を踏まえ、「ありましたか」という過去形を使用している点にある[24]。
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